宇都宮地方裁判所 昭和42年(行ウ)2号 判決 1969年4月09日
原告
宗教法人東照宮
右代表者代表役員
青木仁蔵
右訴訟代理人
高橋方雄
ほか二名
被告
建設大臣
坪川信三
被告
栃木県知事
横川信夫
被告
栃木県収用委員会
右代表者会長
高橋徳
以上三名指定代理人検事
鰍沢健三
ほか二名
被告建設大臣指定代理人
建設事務官
川合宏之
ほか三名
被告栃木県知事・
被告栃木県収用委員会指定代理人
栃木県事務吏員
河原源
ほか一名
被告栃木県知事訴訟代理人
猪狩満
被告栃木県知事指定代理人
栃木県技術吏員
浜田常雄
ほか三名
被告栃木県収用委員会指定代理人
栃木県収用委員会委員
長山修一郎
主文
一、被告建設大臣が、昭和三九年五月二二日、建設省告示第一、三五四号によりなした、別紙目録第一記載の事業の認定を取消す。
二、被告栃木県知事が、昭和三九年五月二六日、栃木県公報によりなした、別紙目録第二記載の土地細目の公告を取消す。
三、被告栃木県収用委員会が、昭和四二年二月一八日、別紙目録第三記載の土地についてなした、収用裁決を取消す。
四、訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
(当事者双方の申立)
第一、原告の申立
原告は主文同旨の判決を求めた。
第二、被告等の申立
一、本案前の申立
原告の本件訴をいずれも却下する。
二、本案の申立
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(請求の原因)
第一、本件各行政処分
一、栃木県日光市山内字中山二、三七八番の一・同所同番の二・および同所二、三七九番の各土地は、いずれも原告の境内地であり、原告の所有である。
二、(一) 被告建設大臣は、起業者栃木県知事からの申請により、昭和三九年五月二二日、土地収用法第二〇条の規定に基き、別紙目録第一記載のような事業の認定(以下本件事業認定という)をなし、同日付建設省告示第一、三五四号をもつてこれを告示した。
(二) 被告栃木県知事は、右起業者栃木県知事からの申請により、昭和三九年五月二六日、土地収用法第三三条の規定に基き、栃木県起業(栃木県知事起業の誤りと認める。)二級国道日光沼田線道路改良工事のため収用しようとする土地細目を、別紙目録第二記載のように公告(以下本件土地細目の公告という。)した。
(三) 被告栃木県収用委員会は、起業者栃木県知事からの申請に基き、昭和四二年二月一八日、別紙目録第三記載の土地(以下本件土地という。)につき、収用の時期を昭和四二年四月一〇日とする収用裁決(以下本件収用裁決という。)をした。
第二、本件事業認定の取消原因
<以下略>
理由
第一、本案前の抗弁についての判断
一、被告等は、本件事業認定および土地細目の公告は、取消訴訟の対象たる行政処分にあたらないと主張する。
一般に、土地収用法(昭和二六年法律第二一九号((昭和四二年法律第七四号による改正前のもの))、以下同じ)に基く土地の収用手続は、事業の認定・土地細目の公告・関係者の協議・収用裁決等という一連の手続を経て、初めて全体としての終局的効果を発生させるものであるから、このような場合には、関係人に対して、最終段階の行政処分たる収用裁決の効力を争わせれば、その権利救済の方法としては十分であるとの考え方があり、被告等の主張も、かかる見解によるものと解される。
しかし、事業の認定に引続いて土地細目の公告がなされると、これによつて収用されるべき土地が具体的に選定され、かつ、該土地については、形質変更禁止の法的制限が付与されるに至る(土地収用法第三四条第一項)とともに、一旦これらの行政処分がなされると、起業者と関係人との間に協議が整う等の特別の事情がないかぎり、最終処分たる収用裁決までの手続が履践されるのが通例であつて、しかも、それまでには相当の時日を要することが予想される(現に、本件においても、事業認定がなされた昭和三九年五月二二日から、収用裁決がなされた昭和四二年二月一八日まで、約三年の期間を要している)とあつてみれば、先行処分たる事業認定に違法があり、かつ、右の先行処分が一連の手続の中核をなす行為であるような場合には、最終処分がなされるのを待つまでもなく、先行処分が行われた段階で、その違法を是正し、関係人に対し、これによつて受ける不利益から救済される道を与えることは必要であり、行政処分の取消訴訟の制度が国民の権利保障のためのものであつて、人権保障に奉仕する手段であることに鑑みれば、右のような場合には、国民に対し、できるだけ広く、かつ早く救済の途を与えることは、憲法第三二条の趣旨とするところでもあると解すべきである。
ところで、土地収用法における事業の認定は、起業者に対して収用権を設定する行為であり、そこでは、特定の事業のために収用を認める必要があるか否かの基本的事項について、同法第二条・第四条・第二〇条各号等に従つて判断がなされ、右判断の結果、事業の認定がなされると、起業者は、事業計画および添付図面に示された範囲内で収用権を取得し、以後の収用手続を遂行することができることになるのであつて、一連の収用手続の中において、事業の認定は基本的・中核的行為としての性格を有しているものである。
そうであれば、違法な事業認定がなされ、かつ、これに引続いて土地細目の公告がなされた段階においては、これによつて収用されるべき土地は特定されるに至つたのであるから、該土地につき法律上の利害関係を有する当事者は、最終段階の処分としての収用裁決がなされるまで拱手傍観させられることなく、事業認定が違法であることを主張して、その取消を求めることができるものと解すべきである。
被告等が引用する昭和四一年二月二三日の最高裁判所大法廷判決は、土地区画整理事業計画に関して判断されたものであつて、これとはその法的内容を異にする土地収用法における事業認定に右判旨を引用するのは、如上の理由で適切でなく、当裁判所は、右の判旨を本件に適用することには賛成しない。
二、つぎに、被告等は、「原告が本件訴で主張する行政処分の違法理由は、要するに、国立公園内の特別保護地区としての景観が害されるというにあるが、かかる利益は、国民一般としての利益であつて、原告の個人的利益とはいいがたいのみならず、右は法律上の利益ともいいがたいから、原告は、本件訴を求める利益を有しない」と主張する。
たしかに、本件土地について、具体的な権利を有しない者が、かかる理由の下に本件のような訴を提起した場合には、被告等が主張するように、国民一般としての利益を主張するものであるから、取消訴訟としては不適法であるというべきであろう。
しかしながら、原告は、本件収用手続において収用されるべき本件士地の所有者であると主張し、被告等もこの点は認めているのであるから、このことだけで原告には、右収用手続の各処分の取消を求めるにつき法律上の具体的な利益があることは明瞭である。
特別保護地区としての景観が害される等という原告の右主張は、本件土地がこのような景観を有する地域の一部として利用されているということ、即ち、土地の現在における利用状況の主張であり、これは、ひつきよう土地収用法第四条・第二〇条第三号・第四号所定の各要件の有無を判断するについての本件土地の特質に関する主張として理解されるべきものであつて、右は、違法理由の存在に関する実体的事項に関する主張に外ならない。被告等は、これを訴の利益の問題と混同したものであり、この点に関する被告等の主張は採用しがたい。
三、さらに、被告等は、原告が事業認定の取消の訴に併せて収用裁決の取消の訴を求めるのは、二重訴訟であるのみならず、具体的な利益もないと主張する。
しかし、事業認定・土地細目の公告および収用裁決の各行政処分は、それぞれ一連の手続の一環をなす行為ではあつても、いずれもその行政主体・その法律要件および効果を異にし、従つて、その行為の性質をも異にしているから、同時に右各処分の取消の訴を提起し、かつその違法理由が同一であつたにしても、いわゆる二重訴訟にはならないと解すべきである。
また、被告等が主張するように、最終処分たる収用裁決がなされ、かつ、その取消を求める訴が先行処分の取消を求める訴に併せて提起されるに至つた以上、同一の違法理由を主張して先行処分の取消を求める利益は、この段階で消滅するに至ると解する余地がありうるかもしれないけれども、前述のように、右の各処分は、それぞれその行為主体を異にする別個の性質をもつた行為であり、従つて、各別にその違法理由がありうるのであつて、現に、本件においても、原告は、各行政処分に共通した違法理由の外に、各別の違法理由をも主張しているのであるから、最終段階の行政処分たる収用裁決の取消を求める訴が提起されるに至つたからといつて、それまでは訴の利益があるとされていた先行処分たる事業認定・土地細目の公告の取消を求める訴が、この段階に至つて訴の利益が否定されると解すべき理由も特に見出し難いといわざるをえない。
よつて、この点に関する被告等の主張も採用しがたい。
第二、本案についての判断
一、請求原因の第一の一・二の各事実については、いずれも当事者間に争いがないから、本件各行政処分が違法であるとの原告の主張について、順次判断していくことにする。
二、土地収用法第四条違反の主張について
原告は、「本件土地は、自然公園法による国立公園日光山内特別保護地区に指定された区域の一部に属し、従つて、土地収用法第三条第二九号にいう『自然公園法による公園事業』の用に供されている土地であるから、同法第四条により、特別の必要がなければ収用することができないにもかかわらず、本件には、かかる特別の必要は認められない」と主張し、これに対して、被告等は、「土地収用法第三条第二九号にいう『自然公園法による公園事業』の意義については、自然公園法第二条第六号が、『公園計画に基いて執行する事業であつて、国立公園または国定公園の保護または利用のための施設で、政令で定めるものに関するものをいう』と定めており、右の施設の種類については、同法施行令第四条に定められているところ、本件土地は、現在まで、同施行令第四条に定める施設に関する事業として、公園計画の対象とされたことはないから、本件土地は、土地収用法第三条第二九号にいう『自然公園法による公園事業』の用に供している土地ではなく、従つて、本件は、この点において、すでに同法第四条を適用すべき前提を欠くものである」と主張して争うので、この点について判断する。
(一) 土地収用法第四条は、「この法律または他の法律によつて、土地等を収用……することができる事業の用に供している士地は、特別の必要がなければ収用……することができない」と定め、右にいう「この法律によつて土地等を収用することができる事業」としては、同法第三条各号がこれを定めており、その第二九号には、「自然公園法による公園事業」と定められている。
ところで、土地収用法第四条の趣旨とするところは、現在、収用可能な公益事業の用に供されている土地は、なるべく現在の公益目的を維持するために、原則としてその収用を許さないとするとともに、他方、これよりも一層重要な公益事業の用に供する必要があると認められるときに限つて、例外としてその収用を認めようとするものであつて、従つて、右にいう「特別の必要」とは、「現に土地を利用している公益事業よりも、新たにこれを必要とする公益事業の方が公益上一層重要であること」即ち、事業公益の比較衡量を意味するものと解すべきである。
従つて、本件に同法第四条が適用されるためには、その前提として、本件土地が、現に収用可能な事業の用に供されている土地であるか否かを検討しなければならない。
(1) 本件土地が、昭和九年一二年四日、内務省告示第五六九号をもつて日光国立公園に指定され、さらに、昭和二八年一二月二二日、厚生省告示第三九四号をもつて、当時の国立公園法第八条の二第一項により、国立公園日光山内特別保護地区に指定された区域の一部に属していることは、当事者間に争いがなく、自然公園法(昭和三二年法律第一六一号)附則3・4・5項によれば、右は、現行の自然公園法に基いて指定された特別保護地区とみなされているものである。
このことから、原告は、国立公園の特別保護地区として指定を受けた土地は、土地収用法第三条第二九号にいう「自然公園法による公園事業」の用に供された土地であるから、同条によつて収用可能な公益事業の用に供されている土地であると主張しているものである。
(2) ところで、同法第三条第二九号は、「自然公園法による公園事業」のためには土地を収用することができると定めているが、自然公園法によると、公園事業とは、「公園計画に基いて執行する事業であつて、国立公園または国定公園の保護または利用のための施設で政令で定めるものに関するものをいう」とされ(同法第二条第六号)、同法施行令第四条は、右にいう施設として「(一)、道路および橋、(二)、広場および園地、(三)、宿舎および避難小屋、(四)、休憩所・展望施設および案内所、(五)、野営場・運動場・水泳場・舟遊場・スキー場・スケート場・ゴルフ場および乗馬施設、(六)、他人の用に供する車庫・駐車場・給油施設および昇降機、(七)、運輸施設、(八)、給水施設・排水施設・医療救急施設・公衆浴場・公衆便所および汚物処理施設、(九)、博物館・植物園・動物園・水族館・博物展示施設および野外劇場、(十)、造林施設および養魚施設、(十一)、砂防施設・防火施設」と定めている(以下これらを便宜公園施設と略称する)から、これらの規定の文理を解釈すれば、被告等が主張するように、土地収用法第三条第二九号にいう「自然公園法による公園事業」とは、「公園計画に基いて執行する事業であつて、自然公園法施行令第四条に定める公園施設に関するもの」に限定されることになり、従つて、これによれば、特別保護地区としての指定を受けているからといつて、直ちに、その土地が、土地収用法第三条第二九号によつて収用可能な事業の用に供されている土地に該当するとはいい得ず、これに該当するためには、右土地がさらに自然公園法施行令第四条所定の公園施設の用に供されていることが必要とされることになる。
(3) これに対して、原告は、右施行令に定める公園施設は、全て公園の付随的設備であつて、公園の本体ではなく、特別保護地区に指定された地域は、公園の本体として、自然公園法による公園事業の用に供されている土地であることは明瞭であると反論する。
しかしながら、自然公園法が対象とする国立公園ないしは特別保護地区としてのすぐれた風致・景観の保護・利用は、自然公園法によつてこれらの土地を国立公園ないしは特別保護地区に指定し、これに伴い一定の法的規制をすることによつて、その目的を図ろうとするのが同法の趣旨とするところであつて、その風致・景観を保護するために、該地域内の土地を収用することまでは同法および土地収用法の予定するところではないと解すべきであり、従つて、前掲各法令の文理解釈からは、原告が主張するように、国立公園ないしは特別保護地区に指定されているからといつて、直ちに、右土地が土地収用法第三条第二九号所定の「自然公園法による公園事業」の用に供されている土地、即ち、収用可能な公益事業の用に供されている土地であると解することはできないものと考える。
(二) しかし、原告の右反論は、右各法令の精神に照らして、さらに検討してみる余地があるように思われる。
即ち、国立公園ないしは特別保護地区に指定されたということは、直接的には「自然公園法による公園事業」の用に供された土地であるとはいえないとしても間接的に否むしろ本質的にこれを肯定しうるのではないかということである。
(1) 自然公園法によると、国立公園とは、「わが国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地であつて、厚生大臣が自然公園審議会の意見を聞いて指定するもの」をいい(同法第二条第二号)、厚生大臣は、「国立公園の風致を維持するため、公園計画に基いて、その区域内に、特別地域を指定することができ」(同法第一七条一項)、さらに、「国立公園の景観を維持するため、特に必要があるときは、公園計画に基いて、特別地域内に特別保護地区を指定することができる」(同法第一八条第一項)とされており、このことから、国立公園内の特別保護地区は、国立公園のエッセンスともいうべきものであつて、景観上特に重要な価値を有する地域として取扱われていることは明らかであり、また、自然公園法施行令第四条所定の各公園施設は、それ自体が目的ではなく、右のような国立公園ないしは特別保護地区のもつ風致・景観を保護し、利用するための手段として構築されるものであることもおのずから明らかである。
このような、特別保護地区および右各公園施設のもつ本質に着目すれば、土地収用法第四条によつて比較衡量されるべき同法第三条第二九号所定の公園事業の公益性とは、単に、「右の如き各公園施設のもつ付随的な公益性・必要性」のみに止まらず、「このような施設を構築してまでも保護・利用されるべき国立公園または、特別保護地区そのものの風致・景観」であると解することの方がむしろ適切であるともいえる。
また、このような観点を肯景にして議論を進めれば、国立公園ないしは特別保護地区に指定された土地については、その保護・利用のために、必要があれば何時にても前記の如き公園施設を構築することができ、かつ、そのためにこれに必要な土地を収用することもできるのであるから、この限りにおいて、間接的に、土地収用法第三条第二九号によつて収用することができる事業の用に供されている土地であると解する余地もありうるといえる。
(2) 要するに、土地収用法第三条第二九号によつて収用可能な公益事業としての「自然公園法による公園事業」とは、その文理解釈からすれば、「自然公園法第二条第六号・同法施行令第四条に定める各公園施設に関する事業」を意味し、従つて、国立公園ないしは特別保護地区に指定されているというだけの理由では、直接的には、いまだ土地収用法第三条第二九号によつて該地域内の土地を収用することはできないというほかはないが、右にいう公園施設は、いずれも国立公園の保護・利用のためになされるものであり、かつ、国立公園内の土地は、何時にてもかかる施設の対象として収用しうるのであるから、国立公園ないしは特別保護地区に指定されていることは、同法第四条との関係においては、間接的に「この法律によつて収用することができる事業の用に供されている土地」であると解することにも、一応の合理性が認められないわけではないのである。
(三) 以上みてきたように、前記各法令の文理解釈からすれば、国立公園ないしは特別保護地区に指定された土地は、そのことの故をもつて、直ちに、土地収用法第三条第二九号にいう「自然公園法による公園事業」の用に供された土地であるとはいえず、かつ、本件土地が現に自然公園法施行令第四条所定の各公園施設の用に供されているものでないことは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、本件土地は、収用可能な公益事業の用に供されている土地ということはできず、従つて土地収用法第四条の適用はないといわざるをえないのであるが、しかしながら、他面、右のような解釈とは別に、国立公園ないしは特別保護地区に指定されている土地を収用しようとする場合には、前述のような理由で、なお土地収用法第四条が適用され、従つて、特別の必要がなければこれを収用することはできないと解する余地もあり、これにも一応の合理性が認められないことはないのであつて、立法上の用語の不備とも考えられるのである。
しかし、当裁判所としては、今直ちに後者の見解を採用するには、いまだ疑問が残るので、これにはよらず、一応、本件には土地収用法第四条は適用されないものとの前提のもとに、つぎの判断に進むことにする。
三、土地収用法第二〇条第三号違反の主張について
(一) 原告は、「本件事業計画は、土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものとはいいがたいから、本件事業認定は、土地収用法第二条・第二〇条第三号に違反する」と主張するので、この点について判断する。
もともと、土地等を強制的に収用する公用収用は、一定の公共の利益となる事業の用に供するために、私人から所有権その他の権利を強制的に取得する制度であるから、そのためには、「公共の利益の増進と私有財産との調整を図り、もつて国土の適正かつ合理的な利用に寄与することを目的とする」(土地収用法第一条)ものでなければならず、従つて、土地を収用する場合にも、収用しようとする事業が「公共の利益となる事業」であることはもとより、さらに、「その土地を当該事業の用に供することが土地の利用上適正かつ合理的である」ことが要求されている(同法第二条)のであつて、これは、土地を収用する場合の基本的原則ともいうべく、同法第二〇条第三号が、事業の認定をするについては、事業計画が右の要件を具備するものであることの確認を要するとしているのも、かかる原則を具体化したものに外ならない。
即ち、土地収用の制度は、「国土が適正かつ合理的に利用」されることを究極の目的としながらも、その過程においては、「公共の利益の増進と私有財産との調整」が図られることを要求しているものであつて、従つて、かかる観点のもとに、同法第二〇条第三号に定める「事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するもの」という要件の趣旨を理解すれば、右は、第一義的には、「当該土地がその事業の用に供されることによつて得られるべき公共の利益」と、「当該土地がその事業の用に供されることによつて失われる私的ないし公共の利益」とを比較し、前者の方が後者よりも一層重要であること、即ち、当該土地の利用に関する私的ないしは公共的な利益の総合的な比較衡量の趣旨であると理解すべきである。
従つて、かかる判断をするためには、当該事業計画の内容および右事業によつて意図される公共の利益、収用されようとしている土地の現在の利用状況およびその私的ないし、公共的な価値等について、具体的な検討がなされなければならない。
以下、これらの点について、順次検討していくことにする。
(二) 本件事業計画の内容
本件事業計画の内容が、日光市から群馬県沼田市に至る国道一二〇号線のうち日光市山内字旅所から同市安川町下河原に至る全長二八〇メートルにつき、道路を全巾一六メートル(車道一一メートル、歩道両側に各2.5メートル)に拡巾することによつて、これを改良しようするものであり、そのために、原告所有の別紙目録第三記載の土地(以下本件土地という。)を収用しようとするものであることは、当事者間に争いがなく、さらに、<証拠>と弁論の全趣旨によつて、本件事業計画の右内容を本件土地付近についてみると(以下本件土地付近の右道路を便宜本件道路と称する。)本件道路南側の大谷川沿いに巾2.5メートルの歩道を設置し(ただし、神橋のある部分では、神橋の袖勾欄が復元されて右歩道上に突き出ることが予想されているため、該部分では、歩道として実際に利用できる巾員は一メートルである)、本件道路北側の丘陵部を一部切り崩して車道の巾員を一一メートルとし、右車道の北側には高さ三メートル(地表に現われる部分の高さ)の石垣を構築し、その上に1.5メートル巾の歩道および一メートル巾の植樹地帯を設け、さらにその北側には、高さ五メートル(地表に現われる部分の高さ)の石垣を構築し、その背後に支保工を施し、これを地中に埋設しようとするものであること、この結果、本件道路の北側にある丘陵部のうち、道路に面する部分は大巾に削りとられ、これに伴い右道路に沿つて成育する太郎杉を初めとする巨杉一五本が伐採され、その跡には前記のように、高さ三メートルおよび同五メートルの二段の石垣が、長さ約四〇メートルに亘つて構築され、また、右丘陵部にある蛇王権現の敷地もその一部が収用の対象とされていることから、現在の敷地よりもさらに北方に後退せざるをえなくなること、がそれぞれ認められる。
(三) 本件事業計画のもつ公共性
(1) 起業者が本件事業計画によつて意図する公共性・必要性
起業者栃木県知事が、本件事業認定を受けるについて、被告建設大臣に提出した本件事業認定申請書並びにそれに添付した事業計画書<成立に争いのない乙第一号証の一・二>によると、起業者が本件事業を必要とする公共の利益として挙げる要点は、「本件土地付近は日光国立公園の入口に位置し、近時、観光施設が整備されて交通量が急激に増大したうえに、県境金精有料道路の開通等による奥地資源の開発および東京オリンピックの開催とあいまつて、ますます交通量が増加することが予想される。然るに、本件土地付近の道巾は5.7メートルと狭少であるうえ、加えて線形が悪く、歩車道の区別のない混合交通の状態にあるため、交通の支障は著しく、観光日光の大ネックとなつている。そこで、今回、本件事業計画によつて該道路が拡巾されれば、これによつて一日一五、八〇〇台の自動車交通が可能となり、歩道の設置による混合交通の解消・事故の防止・所要時間の短縮等、産業経済上並びに観光上受ける利益は極めて大なるものがある」というものである。
(2) 当裁判所が認定した本件事業計画のもつ公共性
(イ) 本件道路の位置づけ
<証拠>によると、日光市内を通る国道は、宇都宮市と日光市とを結ぶ国道一一九号線(日光宇都宮線)、日光市と群馬県沼田市とを結ぶ国道一二〇号線(日光沼田線)、および日光市から足尾町を経て東京都とを結ぶ国道一二二号線(日光東京線)があるが、右の一一九号線と一二〇号線とは、日光橋を境にして互いに接続しあい、実質的には一本の国道の延長にすぎず、また、右の一二〇号線と一二二号線とは、ともに日光橋を起点とし、日光市清滝付近までは同一路線を併有し、一二二号線は清滝付近で一二〇号線から分れて足尾町方面に通じているものであること、このうち、国道一一九号線およびこれに続く一二〇号線は、宇都宮市から今市市を通つて日光市に至り、国鉄日光駅前および東武日光駅前等の日光市街地を通り抜けて日光橋に至り、同所から神橋のある本件土地付近を経て東照宮・二荒山神社・輪王寺等の宗教上の建造物がある地区の側を通り、さらに古河鉱業株式会社・古河電気工業株式会社等の産業施設がある清滝地区を経て馬返しに至り、同所から第一・第二いろは坂を通つて、華厳の滝・中禅寺湖・男体山・戦場ヶ原・湯の湖・湯元温泉等の観光地域に通じ、さらに金精峠を経て群馬県沼田市に至り、同市で国道一七号線(東京新潟線)に接しており、右は、日光国立公園内のこれらの観光・産業地区に通じる唯一の幹線道路として、観光的・産業的に重要な機能を果していることが認められる。
(ロ) 本件道路の現況
<証拠>および弁論の全趣旨を総合すると、本件道路は、前記国道(一一九号線およびその継続としての一二〇号線)が、日光市街地方面から清滝方面に向けて日光橋を渡つた北側においてほぼ直角に左折して間もない場所に位置しており、右日光橋上および日光市街地からそこに至るまでの道路の巾員は一六メートル(車道一一メートル、歩道両側に各2.5メートル)を有しているが、日光橋北側の左折地点付近から約四〇メートルに亘る本件道路の区間は、歩道と車道の区別のない混合道路であること、本件道路の南側は、十数メートル下を流れる大谷川およびその川原に面し、また、道路の北側は、頂上に御旅所の社をいただく小高い丘陵部をなし、従つて、本件道路は大谷川と右丘陵部に挾まれて狭隘となつていること、加えて、日光橋から上流(西方)約五〇メートルの右大谷川上には、国の重要文化財に指定されている神橋が架り、右神橋の袖勾欄(但し、その片側が現在とりはずされていることは後述の通りである。)およびこれを保護するための囲柵の一部が本件道路上に突き出し、かつ、神橋正面の前記丘陵部には巨杉の太郎杉が道路上に張り出して根を下しているため、狂隘な右道路は、神橋と太郎杉とに挾まれた部分が最も狭く、該部分における右道路の全巾は6.7メートル、両側に各五〇センチ宛の路肩に相当する部分を除いた右道路の有効巾員は5.7メートルと極度に狭隘になつていることがそれぞれ認められる。
(ハ) 本件道路の混雑状況
このように、本件道路の有効巾員は、最も狭い所で5.7メートルと狭隘であるところ、これに、<証拠>および弁論の全趣旨を総合すると、これがために、観光シーズンには該付近が自動車交通の渋滞箇所の一つとなつていること、有効巾員が5.7メートルの道路の許容交通量は一日当り二、〇〇〇台とされているところ、昭和三七年度における交通量調査結果によると、本件道路における春秋平均の交通量は一二時間当りで五、三二一台、これを一日当りに換算すると六、三八五台であり、従つて右の現実の交通量を許容交通量で割つた混雑度の割合は3.1であること(即ち、許容交通量の3.1倍に相当する自動車が現に本件道路を通行していること)これに対して、前記の調査に基く統計資料によると、全国の二級国道のうち、混雑度の数値が2.0以上の道路は全体の2.8パーセント、同様に一級国道においても6.2パーセントにすぎず、全国的にみても、本件道路部分は顕著な混雑状況を示していることが認められること、また、これを栃木県内における混雑度の高い他の道路における混雑状況と比較してみると、栃木県内を通る国道四号線(東京青森線)の混雑度は、最高1.68、最低0.43であり、二級国道一一九号線(日光宇都宮線)においては、最高1.55、最低1.43の数値を示しており、従つて栃木県内においても、本件道路の混雑度の数値はかなりの高度を示していることが認められること、また日光国立公園を利用する観光客等は、年々増加の一途をたどつており、昭和三九年度における日光地区の利用者数は約五三〇万人とみられていること、そして、将来においても、その増加の傾向は変らず、かつ自動車利用者の激増からすれば、近い将来に前記の混雑度の数値がさらに上昇するであろうことは容易に推測できること、これに対して、本件事業計画に基いて車道巾が一一メートルに拡巾されると、その許容交通量は一日当り一五、八〇〇台となり、右は、昭和五〇年頃の推定交通量に相当すること、がそれぞれ認められる。
(ニ) 本件道路における交通事故の状況
このように、本件道路部分は狭隘で混雑度も高いうえに、線形が悪く、それがために、観光シーズン等には自動車交通の渋滞箇所の一つになつていることは前述のとおりであり、従つて、このこと自体から、絶えず交通事故発生の危険性を内包しているともいえるが、<証拠>を総合してみても、特に本件道路部分においては他の道路と比較して交通事故の発生件数が現実に多いとは認めがたく、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(ホ) 軌道の状況
<証拠>に弁論の全趣旨を総合すると、前記国道一一九号線および一二〇号線上には、国鉄日光駅から馬返しに至る路面電車の軌道(東武鉄道日光軌道線)が走つており、右軌道は、日光橋南側で一旦右国道から分れて大谷川に架る軌道専用の鉄橋を通り、日光橋北側の本件土地付近で再び右国道上に至り、右国道上を(一部の箇所では専用の軌道敷上を)馬返しまで通じていたが、このように、右国道上を路面電車が走つていたため、これがかなり他の自動車交通の障害となつており、その撤去に関して一部から強い要望がなされていたものであるが、右路面電車の運行は、本件事業認定がなされた後である昭和四二年二月二四日限りで廃止されるに至り、当裁判所による第三回の検証時(昭和四三年七月二〇日)においては、本件土地付近をはじめ一部の区間ではすでに右軌道(および専用鉄橋)は撤去され、あるいは撤去の最中にあり、右の運行が廃止された後は、右国道上の自動車交通の混雑は、以前と比してかなり緩和されるに至つていること、がそれぞれ認められる。
(ヘ) 神橋の袖勾欄の復元について
<証拠>に弁論の全趣旨を総合すると前記の軌道は明治四一年に敷設されたものであるが、戦時中、古河電気工業株式会社等で製造した軍需物質を大量・迅速に輸送する必要が生じ、大型貨車の運行を可能にするため、昭和一九年に路線の一部を改良し、本件土地付近では、大谷川上に右軌道専用の鉄橋を新たに構築しこれに伴つて、神橋の袖勾欄の片側およびその囲柵の一部を取りはずすことになつたこと、このように、神橋の袖勾欄の一部の撤去は、軍需物資の輸送という緊急事態に対処するためになされたものであつたため、将来、その必要がなくなつたときにはこれを復元するとの条件が付されていたことから、終戦後間もなく、文化財保護委員会から神橋の袖勾欄を完全に復元するようにとの要求がなされ、以来、これに関係する東武鉄道・古河電工・栃木県知事・栃木県教育長・日光市長および二社一寺(東照宮・二荒山神社・輪王寺)が数度に亘つて協議を重ねてきたのであるが、神橋の袖勾欄を完全に復元することについては関係者の意見は一致をみたものの、神橋の袖勾欄が完全に復元されると、右はさらに本件道路上に張り出し、その結果、復元されたときの神橋袖勾欄の北東端部と太郎杉とに挾まれた部分では、道路の全巾が5.74メートル、有効巾員は4.74メートルしか残らず、本件道路は該部分において極端に狭隘となることが予想されるため、神橋の袖勾欄を完全に復元させるためには、道路を拡巾し、かつ、軌道を移動もしくは撤去する必要があること等から、現在まで復元されないまま今日に至つていること、がそれぞれ認められる。
(ト) 結語
以上の認定によつて明らかなように、国道一二〇号線は、東照宮・二荒山神社・輪王寺および神橋等の宗教的建造物ないしは中禅寺湖・戦場ヶ原・湯元温泉等の数多くの観光地をひかえた日光国立公園における唯一の幹線道路としての性格を有しているにもかかわらず、本件土地付近においては、線形が悪いうえに、本件道路部分の有効巾員は最狭部でわずか5.7メートルと狭隘であり、昭和三七年度においては、許容交通量の3.1倍(平均)に相当する量の自動車が現に通行しており、これがために、観光シーズンともなると、該場所において自動車通行の滞留現象を呈しており、従つて、これらのことは、本件道路が絶えず交通事故発生の危険性を内包しているともいえるのみならず、戦時中から一時撤去されたままになつている神橋(重要文化財)の袖勾欄およびその囲柵は完全に復元されなければならないところ、これが復元されると、本件道路の有効巾員は4.74メートルとさらに一層狭隘となるに至るという状況にあり、従つて、従来ますます激増することが予想される自動車交通を大量かつ安全・迅速に処理するためには、本件道路を拡巾するかもしくはこれに代りうる適切な措置を講ずることは、かかる事情の下においては、緊急の必要があり、従つて、本件道路の拡巾を企図する本件事業計画は、それ自体、高度の公共的必要性を有しているものと理解することができる。
(3) 本件事業計画に至るまでの経緯
<証拠>によると、前述のように、本件道路部分は、日光国立公園の表玄関に位置し、観光上および産業上重要な機能を担つているにもかかわらず、両側を大谷川と老杉群が成育する丘陵部に挾まれて狭隘であり、年々増加する自動車の交通量に対処し、かつ、神橋の袖勾欄を完全に復元する必要があること等から、早くから、数回に亘つて、その拡巾が計画されてきたものであつて、その経過の概略はつぎのとおりであることが認められる。
(イ) 初めに、昭和二四年、日光市が、都市計画法に基いて、東武日光駅前から清滝地区に至る区間の道路を一五メートル巾に拡巾するという計画決定を行い(その後、昭和三四年に道巾を一六メートルに拡巾することに一部変更された)本件道路部分もその対象に含まれたが、本件道路の付近については、困難な問題がからんでいたため、これを実施することができず、結局は、本件道路の付近を除いた地区において右計画が実施されたにとどまつた。
(ロ) ついで、昭和二五年以来、神橋の袖勾欄の復元に関して関係者の間で協議がなされ、その都度、本件道路の拡巾が提唱されてきたが、原告が巨杉群の伐採と地形の変更に強く反対する態度を示してきたため、これも実現されないでいた。
ところが、昭和二九年になつて、太郎杉を含む巨杉群の一部を伐採して道路を拡巾し、軌道を付け替えることが再び計画・提唱され、結局、同年七月二三日、関係者間に、乙第四号証の一・二のような覚書が作成されるに至つた。原告は、老杉を伐採し地形を変更することには反対していたが、右覚書には、「厚生省の許可および文化財保護委員会の承認を得て実施する。右工事の施行については関係者協議してこれを行う。」と記載されていたことから、なりゆき上、やむなくこれに調印するとともに、直ちに、厚生・文部の両者に地形変更に反対する旨の陳情書を提出して右覚書に対する自己の態度を明らかにした。
これとは別に、右覚書に基く計画については、国立公園審議会で検討され、結局、同審議会は昭和二九年八月一六日、「神橋付近の日光山内は、国立公園の入口および日光参観口としての景観上最重要な地区であり、且つ、特別保護地区でもあるので、道路拡巾のための石垣の切取り、杉の伐採等、現状変更並びに風致破壊を招く行為は絶対に許容すべきでない。軌道の付替および道路の拡巾は早急に実施すべきものと認めるが、協議会案(県案)には次の理由により同意しがたい。(イ)、国立公園の景観保持および日光観賞の見地から、この辺の環境改善を図るため、現在路線は自動車・軌道等の交通を制限または禁止し、むしろ歩道とすることを理想とする。(ロ)、現在路線は、今後自動車交通の激増が予想される東京―日光―金精峠を通ずる二級国道の路線としては適当な路線と認め難い。(ハ)、右の理由により、現路線は大谷川右岸に変更し、かつ軌道を存続させるにおいては、軌道もまた右の路線に変更すべきものと考える。」として、これに反対する旨の意見を厚生・文部・建設・運輸の各大臣宛に進達したため、右関係官庁の間で意見の調整がつかず、この計画も実現のはこびに至らなかつた。
(ハ) しかし、その後、交量通がますます増大したこと等から、本件道路を拡巾する必要があると考える建設省および栃木県は、ついで、昭和三五年に、老朽化した日光橋の付替えと本件道路を拡巾する計画を立て、国立公園を所轄する厚生大臣に対し、国立公園内の現状を変更するについての認可申請をしたが、日光橋の付替えについては、昭和三六年三月、その認可がなされたものの、道路の拡巾については、ついにその認可を受けえなかつたため、結局、日光橋(車橋一一メートル、歩道各2.5メートル)を付替えたにすぎなかつた。
(ニ) ところが、昭和三八年三月二四日夜半から二五日の未明にかけて(成立に争いのない乙第一〇号証の一ないし一〇は、昭和三九年三月二五日の突風による倒木状況を撮影した写真であるとして提出されているが、前掲各証拠および弁論の全趣旨に照らせば、右は昭和三八年三月二五日の誤記であると認められる。)、瞬間最大風速五〇メートル以上と推定される突風が日光地方を襲つたため、日光山内の杉樹が多数倒木・破損し、とりわけ、本件土地付近一帯においては四二本(本件土地内では三本)の杉樹が倒れ、右の倒木が本件道路を塞ぎ、あるいは本件道路上を走る東武鉄道日光軌道線の架線を切断したため、国道一二〇号線は本件土地付近において半日間、軌道電車は三日間に亘つて、交通が遮断されるという事態が生じた。
(ホ) このようなことがあつて、本件道路の拡巾をあくまでも熱望する建設省および栃木県では、昭和三八年、再度、本件道路の拡巾に関する事業計画(本件事業計画)を立て、起業者栃木県知事は、昭和三八年七月五日、国立公園内の現状変更について、厚生大臣の承認を求める申請をなし、厚生大臣は、これを自然公園審議会に諮問し、同審議会では、管理部会および計画部会の合同部会で審議・検討した結果、これに反対する一部の有力な意見が出されたものの、多数が、「前記のような突風のため、本件土地付近の景観がかなり荒廃し、老杉群も損傷して樹勢がかなり衰えていること、本件道路が狭隘であるためこれを拡巾する必要が認められること、本件道路の拡巾に代るべき適当な代案が考えられないこと」等の理由からこれに賛成し、昭和三九年三月一九日、右事業計画に左記の条件を付して原案通り承認する旨を決議し、これを受けた厚生大臣は、同年四月一日「(一)、支障木の伐採は最少限度にとどめること、(二)、工事跡地は速かに緑化修景をはかること、(三)、残土は風致維持上支障のないように処理すること、(四)、工事の施工および施設の管理に当つては風致維持につとめること」という条件を付してこれを承認したものである。
かくて、起業者栃木県知事は、昭和三九年四月三日、被告建設大臣に対し、本件事業認定の申請をし、建設大臣は、同年五月二二日、本件事業認定をしたため、これに基いて、以後の本件収用に関する手続が履践されるに至つたものである。
(4) 本件事業計画案と他案との比較
<証拠>および弁論の全趣旨によると、起業者栃木県知事は、本件事業計画を立てるに際して、本件事業計画案(A案)の他に、被告等が主張するB案(御旅所案)、C案(トンネル案)、およびD案(星の宮案)の四案を立案し、これら四案について、事業費・工期・杉ないし景観への影響・物件の移転の要否その他の事情等を総合的に比較検討した結果、
A案は、事業費四、三〇〇万円・工期六ヶ月を要すること、太郎杉を初め老杉一五本を伐採すること、本件土地付近の景観が変ること、物件の移転を要しないこと、
B案は、事業費三億七〇〇万円・工期二年六月を要すること、老杉五二本を伐採し、他に太郎杉を初め一五本が枯死する虞れがあること、件件土地付近の景観が著しく変ること、御旅所の解体・復元を要するほか、寄進碑・物産店三軒の移転を要すること、トンネル案のため観光目的にそぐわないこと、
C案は、事業費一三億五、一〇〇円・工期三年を要すること、老杉の伐採を要しないこと、神橋の上流に橋が架り景観を害すること、寺院・商店・住宅等四九軒の移転を要すること、迂回路のため観光目的にそぐわないこと、
D案は、事業費二億二、一〇〇万円・工期二年を要すること、老杉の伐採を要しないこと、神橋右岸の景観が害されること、金谷ホテル内の通路および機関室の移転を要すること、観光目的にそぐわないこと、
等が判断され、結局、本件道路拡巾案(A案)が、最も費用が安いうえに工期が短いこと、工事がし易いこと等から、採用されるに至つたものであること、がそれぞれ認められる。
(四) 本件土地の有する価値(本件事業の遂行によつて失われる利益)
(1) 国立公園日光山内特別保護地区の指定
本件事業のために収用の対象とされている本件土地が、昭和九年一二月四日、内務省告示第五六九号によつて日光国立公園に指定され、かつ昭和二八年一二月二二日、厚生省告示第三九四号をもつて、当時の国立公園法第八条の二第一項により、国立公園日光内特別保護地区に指定された区域の一部に属していることは、いずれも当事者間に争いなく、自然公園法附則3・4・5項によれば、右は現行の自然公園法に基いて指定された国立公園日光山内特別保護地区とみなされているものである。
(2) 特別保護地区の概念およびその価値
(イ) 自然公園法によると、国立公園とは、「わが国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地であつて、厚生大臣が自然公園審議会の意見を聞いて指定するもの」をいい(自然公園法第二条第二号)、厚生大臣は、「国立公園の風致を維持するため、公園計画に基いてその区域内に特別地域を指定することができ」(同法第一七条第一項)、さらに、国立公園の景観を維持するため、特に必要があるときは、公園計画に基いて、特別地域内に特別保護地区を指定することができる」(同法第一八条第一項)とされており、これによれば、特別保護地区とは、「わが国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地の中から、特に維持する必要があるとして指定された、最も優れた景観を有する地区」であると認められる。
(ロ) ところで、厚生省国立公園部によつて、作成されたパンフレット(成立に争いのない甲第九号証)によると、特別保護地区の概念およびその取扱方針等について、つぎのように述べられている。即ち、
「特別保護地区は、国立公園の主眼とする自然風景保護の観点から、国立公園区域内の極めて限定された最高の素質を保有する部分において、最も厳正な保存を図るため、必要な措置を講ずべきであり、国立公園のエッセンスともいうべき部分である。従つて、特別保護地区は、国立公園区域中でも、何らかの意味で、特に傑出した景観または特異な事物を保有する部分であつて、それを構成する環境との一体性において保存を図るべきものである。さらにまた、長い歴史を有する我が国においては、貴重な人文的景観が国立公園を特徴づけている場合が多いので、その貴重なものについては、それを抱擁する地域として保存を図らなければならないものがある」
従つて「特別保護地区内においては、このような景観を維持するために、強い法的制限が課せられ」ており、その主旨とするところは、「特別地域の如く、産業開発等と協調的なものでなく、国民の貴重な文化財として、限られた優れた自然景観を、人為的作為を加えることなく、厳正に原状を保護保存すること、……即ち、可及的自然の推移にまかせて、人為的な作為による改変を施さないもので、従つて、森林の経済的経営を行わず、鉱業および水力発電の開発並びに開拓を実施しないことは勿論、その他原状を改変する行為は些細なものであつても、極力認めない方針をとる」ものである。
(3) 日光山内特別保護地区の有する価値
<証拠>によると、日光山内特別保護地区は、「東照宮・二荒山神社本宮および別宮・輪王寺・輪王寺大猷院霊廟の各境内および神橋並びに背後の森林一帯」をその区域とするものであり、かかる区域を特別保護地区に指定した理由は、「本地区は、東照宮・二荒山神社本宮および別宮・輪王寺・大猷院霊廟・神橋等を含む一帯で、比較的狭い自然の地形に制約されながらも、地形を巧みに利用し、江戸時代初期の文化の精粋を集めて豪華絢爛たる建造物群を建設して、大自然と人工とを混然一体とせしめた稀にみる地区であり、従つて、万民僧楽の地として、大いに世人に親しまれて国立公園利用上重要なものであり、また、建築・美術・工芸等学術上からも永久に保存保護されなければならない地区である」からというのであつて、要するに、かかる人文景観は、永久に保護保存されるべき価値を有しているものとして取扱われていることが認められる。
(4) 本件土地付近の人文・景観等
<証拠>に弁論の全趣旨を総合するとつぎの事実が認められる。
本件土地付近一帯は、日光市街地を通る国道が、大谷川に架る日光橋を境にして、前方に急にその景観を呈する、いわば日光の表玄関ともいうべき場所に位置し、大谷川に架る神橋とその正面の丘陵部に欝蒼と群生してそそり立つ杉の大樹とが、日光を訪れる者に、いかにも日光らしいという荘重な第一印象を与える場所として良く知られている。該場所には左折した道路の南側を清流の大谷川が流れ、その川原には自然の巨岩・奇岩が列び、その上に国の重要文化財に指定されている朱塗の神橋が架つており、また、右道路の北側は、欝蒼とした杉の大樹が群生する小高い丘陵部をなし、その頂上には、歴史的に由緒のある朱塗りの御旅所の社(重要文化財)があり、巨杉群のあい間からその優美な姿が散見される。右丘陵部の東側には、御旅所へ通じる古い石段道が、欝蒼とした巨杉群の間に昔日を偲ばせるような質素な姿を残しており、その石段道の入口東側には、慶安元年、松平正綱侯によつて寄進された杉並木街道寄進の碑がある。また前記の丘陵部の西側には、東照宮表参道があつて、巨杉群の間を二社一寺に通じている。神橋の正面にあたる右丘陵部のふもとには、日光発祥の伝説を秘めた蛇王権現の社があり(ただし、右の社は、昭和三八年三月二五日未明の突風で倒れた大木によつて倒壊され、その敷地の一部が本件収用の対象とされているためいまだ復元されておらず、その敷地および鳥居のみが現存しているにすぎない)その敷地の東脇には、太郎杉とよばれている巨杉がその偉容をほこつており、右太郎杉は樹令推定五〇〇年以上と言われ、胸高の直径1.75メートル、高さ約四〇メートルにも達しており、これをとりまく巨杉群も、いずれも樹令推定三〇〇年以上、直径約0.6ないし1.2メートル、高さ約三〇メートル以上といわれている。さらに、大谷川の南岸には、自然の巨岩とこれをとりまく闊葉樹林帯があり、秋季にはこれが美しく色づくことで知られている。
このように、本件土地付近一帯は、太郎杉を初めとして欝蒼と群生する巨杉群の偉観と、大谷川南岸の闊葉樹林帯、大谷川の清流およびこれに架る朱塗の神橋、さらに、巨杉群のあい間から散見される旅御所の社やこれに通じる古い石段道等、比較的狭隘な場所に自然の景観と人工の建築美とが渾然一体となつて美しく調和し、まことに日光国立公園の入口たるにふさわしい荘重にして優雅な美しさを形成し、その景観は、多くの観光客に深い感銘を与えている地域である。
(5) 本件土地付近の忠実・伝説
<証拠>に弁論の全趣旨を総合すると、日光山は、今から約一、二〇〇年の昔、勝道上人によつて開山されたものといわれているが、その際、勝道上人が、本件土地付近の大谷川の絶壁を渡り得ずに困却していたところ、深沙大王が現われて大蛇を橋となし、その渡河を導いたという伝説に基いて、神橋が架せられ、その正面には深沙大王を祀るための蛇王権現の社を建立したといわれており、このようなことから、本件土地付近は日光発祥の地とされていること、そして、昭和三〇年頃には、文化財保護委員会において、この付近を含めた日光山内一帯を史跡に指定することが決定されたが、いまだその告示がなされていないこと、がそれぞれ認められる。
(6) 特別史跡・特別天然記念物としての日光杉並木街道と本件土地付近の巨杉群
<証拠>を総合すると、日光杉並木街道は、徳川家の忠臣松平正綱が、主君徳川家康の墓を祀る日光東照宮への参道並木として杉を植え、これを日光東照宮に寄進したものといわれ、寛永二年(一六二五年)あるいは同四年(一六二七年)から慶安元年(一六四八年)に至る二十余年の歳月をかけて、旧日光街道の日光・今市間、旧御成街道の今市・大沢間、旧例幣使街道の今市・小倉間、旧会津街道の今市・大桑間の四区間の両側と、日光山の表参道の両側およびその付近に植裁したものといわれており、その史的価値および偉観が高く評価され、大正一一年三月八日史蹟に、昭和二七年三月二九日には特別史跡に各指定され、さらにその後、その宗教教育上の価値・風致的価値および学術的価値等からも高い評価を受けて、昭和二九年三月二〇日天然記念物に、同三一年一〇月三〇日には特別天然記念物に各指定されるに至つたことが認められる。
ところで、本件土地上に成育する太郎杉を初めとする巨杉群が、右の特別史跡・特別天然記念物としての指定の対象に含まれていないことは、弁論の全趣旨によつて明らかであるけれども、前掲各証拠および検証(第一・二・三回)の結果によると、本件土地上に成育する一五本の巨杉群は、いずれも本件道路に沿つてほぼ並列的に成育し、かつ、右は、本件土地の西側に接する東照宮表参道の両側に同様に並列的に成育している巨杉群に連つていること、本件土地の東側には、日光杉並木街道寄進の碑が建立されており、同碑によると、右杉並木は日光山山菅橋(即ち神橋)付近から植裁されていることがうかがわれ、これらの事実に前記日光杉並木街道の歴史を総合して判断すれば、本件土地上に成育する巨杉群は日光杉並木街道のそれと時を同じくして植裁されたもの(但し太郎杉についてはそれ以前から成育していたものとみるべきである。)であつて、日光杉並木街道の出発点に相当すると考えるのが相当であり、従つて、その史的・文化的価値のうえからは、特別史跡・特別天然記念物としての日光杉並木街道のそれと同じ程度の価値を有するものとして理解されるべきである。
(7) 結語
以上の認定によつて明らかなように、本件土地は、日光国立公園のうちでもそのエッセンスともいうべき景観上最もすぐれた特別保護地区の一部に属しており、具体的にも、神橋および御旅所等の人工美と、太郎杉を初めとする巨杉群その他の自然美とが、渾然一体となつて作り出す傑出した景観の地域であるのみならず、日光発祥の地としての史実・伝説を有し、かつ、太郎杉を初めとする巨杉群は、特別史跡・特別天然記念物としての日光杉並木街道の出発点として、これと同じ程度の歴史的・風致的・学術的・価値を有するものであり、これとの景観的・風致的・宗教的・歴史的および学術的価値を有するようなものは、ひとり原告だけの利益としてではなく、広く国民全体に共通した利益・財産として理解されるべきであり、それは、社会的にみて重要な価値を有しているものとして評価されるべきである。
(五) 当裁判所の判断
以上認定の各事実に基いて総合的に判断した結果、当裁判所は、結局、本件事業計画は、土地収用法第二〇条第三号にいう「土地の適正かつ合理的な利用に寄与するもの」とは認め難いと考え、従つて、本件事業認定は、この点において違法であり、その取消を免かれないものと判断するものである。
(1) 即ち、前述のように、国道一二〇号線は、日光国立公園内の数多くの観光地域に通ずる唯一の幹線道路であり、産業利用の上からも重要な機能を果しているにもかかわらず、本件土地付近ではその巾員が特に狭少であり、許容交通量の三倍以上に相当する数値の自動車が現に通行し、これがために、観光シーズンには自動車通行の滞留を生ずることがある等、その混雑状況は高度であるうえ、加えて、国の重要文化財である神橋の袖勾欄およびその囲柵を完全に復元しなければならないということもあいまつて、本件道路を拡巾してその許容交通量を増大させることは、将来さらに激増することが予想される交通量に対処し、これを大量かつ安全・迅速に処理するためにも、それ自体高度の必要性が認められ、公共性の高い事業であると解される。
他方、本件土地付近は、国の重要文化財たる朱塗の神橋および御旅所の社等の人工美と、これをとりまく欝蒼たる巨杉群や闊葉樹林帯および大谷川の清流等の自然美とが、渾然一体となつて作り出す荘重・優美な景観の地として、国立公園のエッセンスともいうべき特別保護地区に指定された地域に属するうえ、該場所は、日光発祥の地としての史実・伝説を有し、宗教的にも由緒深い地域であるのみならず、太郎杉を初めとする本件土地上の巨杉群は、特別史跡・特別天然記念物として指定されている日光杉並木街道のそれと同じ程度の文化的価値を有するものと解されるところ、一旦、本件事業計画が実施されると、神橋正面に位置する丘陵地は相当程度に削りとられ、これに併せて、同地上に成育する太郎杉を初めとする一五本の巨杉群は伐採され、蛇王権現はその敷地を後方(北方)に後退させられることを余儀なくせられ、その跡地には、高さ三メートルおよび同五メートルの二段の石垣が長さ約四〇メートルに亘つて構築され、巨杉群にとり囲まれていた御旅所の社も、前面の巨杉群が伐採される結果、直接にその姿を表わすに至り、かくては、本件土地付近の有する前記景観は著しく損われ、日光発祥の地としての史実・伝説を有する土地の地形は著しく変更され、かつ、日光杉並木街道の出発点としての価値もその大半が消失するに至ることは明らかである。
(2) 問題は、一つに、かかる景観的・風致的・宗教的・歴史的および学術的な価値を毀損してまでも、前述のような本件道路を拡巾する必要があるといえるか否かに関している。
(イ) もともと、特別保護地区としての景観は、甲第九号証にもいうとおり(前記第二の三の(四)の(2)の(ロ)参照)国立公園区域内の極めて限定された最高の素質を保有する傑出した景観であつて、それは、最も厳正な保存を図る必要のあるものであり、国民の貴重な文化財として、人為的作為を加えることなく、厳正に原状を保護・保存すべきものであつてみれば、道路を拡巾する必要性が高度であるという理由で、これに人為的な作為を加えてその有する景観を毀損することは、前述の特別保護地区指定の制度・趣旨に反するばかりでなく、本件土地付近は、具体的にも日光国立公園の表玄関にあたり、荘厳な第一印象を与える景観の地として知られているだけでなく、宗教的にも日光発祥の地とせられ、かつ、その巨杉群は、日光杉並木街道の出発点としての価値を有しているものであつてみれば、それは、国民にとつて貴重な文化的財産として、自然の推移による場合の外は、現状のままの状態で維持され、保存が図られるべきものと解される。
ただし、周知のように、我が国の国土を狭少であり、従つて、このような特別保護地区としての傑出した景観を有する地域の数にはおのずから一定の限りがあり、まして、本件土地付近のように、かかる景観上の価値に加えて、前述のような宗教的・歴史的・学術的価値をも同時に併有している土地は、全国的にみても稀少であろうことは容易に推認しうるところであり、従つて、それは、それだけ高度の文化的価値を有していると解すべく、かつ、このような文化的価値は、長い自然的・時間的推移を経て作り出されたものであつて、一度これに人為的な作為が加えられれば、人間の創造力のみによつては、二度と元に復することは事実上困難であり、従すて、これらは、過去・現在および将来の国民が等しく共有すべき文化的財産として、将来にわたつても長くその維持・保存が図られるべきものであるからである。
(ロ) もとより、本件道路を拡巾することには、高度の公益性が認められることは、前述のとおりである。
しかしながら、本来、道路というものは、人間がその必要に応じて、自からの創造力によつて建設するものであるから原則として、「費用と時間」をかけることによつて、「何時でも何処にでも」これを建設することは可能であり、従つてそれは代替性を有しているといえる。現に、起業者栃木県知事が、本件事業計画を立案するに際しては、右案(A案)の外に、B案・C案およびD案についてその得失を比較し、結局、事業費が最も安く、かつ工期が最も短くてすむうえに、工事が簡単であるとして、本件事業計画案(A案)を採用したものであることは、被告等の主張および前記認定に照らして明らかであり、このことは、本件事業計画案以外にも、より以上の時間と費用をかけることによつて、本件土地のもつ文化的価値を毀損することなく、その必要を満すに足りる道路を建設することが可能であることに外ならない。
もとより、これにかけるべき費用が無制約でありうるはずはなく、そこには、財源的におのずから一定の制約があることは当然のことである。起業者の算定によれば、右四案のうちで、最も事業費を要するのはC案の一三億五、一〇〇万円であり、右は、本件事業に要する四、三〇〇万円の約31.4倍に相当する。
しかしながら、本件土地の有する前述のような文化的価値を考えれば、右一三億円余りという金額は決して高価とは解されないのみならず、建設に高額の費用を要する道路の新設については、国道一二〇号線における第一・第二いろは坂や金精道路についてそうであつたように、(右は当裁判所に顕著な事実である。)、日本道路公団がこれを建設し、その通行につき料金を徴収する等の方法によつてこれを実現するという方法も考えられ(日本道路公団法第一条、第一九条第一項第一号・第六号、道路整備特別措置法第三条第一項等参照)かつ、証人立部貫の証言によれば、前記金精道路の建設には約一一億円の費用を要していることが認められるから、本件について、本件事業計画案(A案)以外に、本件道路がかかえている交通事情を解消する適当な方法(代替性)が他にないとは必らずしもいえないのである。
(ハ) また、被告等は、本件工事跡地には、適切な緑化修景を計り、景観の損壊は最少限度にとどめるように十分な配慮がなされていると主張するが、<証拠>によると、起業者栃木県知事は、昭和四一年八月一七日、緑化修景計画案を作成してこれを厚生省に提出し、その検討を求めたところ、厚生省では、同年一二月七日、右計画案ではいまだ不十分であるとしてその再計画を求め、起業者は、同四二年三月二二日、再度緑化修景計画案を作成し直して厚生省に提出し、厚生省は、同年九月一二日、これに承諾を与え、ここに右緑化修景計画案が確定するに至つたこと、而して、右の計画案によると、車道北側の歩道上の植樹帯には十年生の杉(樹高約四メートル)を植栽し、その北側の石垣にはツタ類をはわせ、さらに右石垣の上部から北側の法面には、サカキ・ツツジ・シヤクナゲ等の灌木類を植栽しようとするものであることが認められる。
しかしながら、本件事業が実施されることによつて失われるであろう前述のような文化的価値が、これによつてもとの景観に匹敵する程度に復元されるに至るものでないことは、右修景計画自体から明らかであり、かつ、右が、前述したような、日光発祥の地としての価値および日光杉並木街道の出発点としての価値の回復を意図していないことも明らかであるから、右のような修景計画が立案されているからといつて、前述のような判断に影響を及ぼすものではない。
(ニ) 結語
以上のように、本件土地の有する文化的価値は貴重なものであり、これは代替性がなく、一度び失われればいかに高額の費用をかけても人間の創造力のみによつてはこれを復元させることは困難であるのに対し、本件事業計画の意図する道路事業には代替性があり、従つて、このような道路拡巾事業のために、本件土地を収用し、その有する文化的価値を毀損することは、土地収用法第二条・第二〇条第三号にいう「土地の適正かつ合理的な利用に寄与するもの」とはとうてい解し難いのである。
本件事業詐画は、道路拡巾の必要性を最も安易かつ安価な方法で満たそうとするに急のあまり、これによつて失われる国民共通の利益ともいうべき景観的・風致的・宗教的・歴史的・学術的文化価値の重大さを見失つたものといわれても仕方がなく、従つて、本件事業認定は違法なものとして、取消されなければならない。
(3) ところで、このように、本件道路を拡巾する公共的必要性と、本件土地の有する景観その他の価値との比較衡量は、高度に社会的・文化的な価値判断を要することがらであるといえるから、これについて、国民各層がどのような考えをもち、どのように判断しているかを、証拠にあらわれた限りで考慮してみることは、当裁判所の前述のような判断の客観性を担保するためにも、必要なことのように思われる。
(イ) まず、本件の各証人のうち、当事者的な立場にある者を除外して、その代表的と思われる証言についてみてみると、つぎのとおりである。
・証人本田正次(東京大学名誉教授・理学博士)「日光の国立公園の入口といたしましては、おそらく神橋の人工の美と太郎杉その他の杉等の樹木・植物の背景というものが、国立公園の入口としますと世界的なものである……ということで、こわしたくないという気持です。」
・証人徳川宗敬(伊勢神宮々司・農学博士)「国立公園の特別保護地区は、ぜひ保存するのが当然であつて、それを軽々しく変えるというのは、将来の日本のためにも良くないと思う。……他に道路を作るのに例え一三億円かかつても、将来の長いことを考えたら、決して高いものではない。」
・証人中島健蔵(著述業・評論家)「切るというには、よほどの重要な理由がなければならない。即ち、切らなければ公共の福祉的な意味で重大な支障が起るという事情があつて、しかも救済の方法がないということでなければ切るべきではない。道路をよくすることは確かに必要だが、それ以上にいかに現状を守るかということの方が重要である。」
・証人福島慶子(評論家)「道路は、お金と時間があればいつでもできますが、木というものは神様がくださつたもので、我々が子孫に残さなければならないもので、いくらお金を積んでもできないものです。……人間が作つたものは人間が作ろうと思えば何でもできます。だけど、杉を作ろうとしたつて人間にはできません。」
・証人佐々木耕郎(日光市長)「一日も早くあそこを拡巾していただきたいというのが、我々の希望でございます。木は切りたくない、道は拡巾してもらいたいというような二つのジレンマに入つているのですが、現状は、拡巾に重点を置かなければ、自治体として、災害あるいは交通事故等に対して、その責任をもてないという段階にあるのです。」
このようにみてくると、証人佐々木耕郎は、日光市長として、本件道路につき直接の利害関係を有する地方自治体の長としての立場上、かかる判断を示すのもやむをえないとしても、その他の右各証人は、いずれも本件土地の有する文化的価値を保存すべきことを主張していることが明らかであり、さらに、証人鈴木丙馬(宇都宮大学教授・林学博士)、同井下清(東京農業大学教授・東京都公園協会理事長)、同渋沢秀雄(随筆家)の各証人も、これと同一の判断のもとに証言していることがうかがわれる。
(ロ) つぎに、本件の問題が生じてから、各新聞に報道されたもののうち代表的なものについてこれをみると、その形式・内容から真正に成立したものと認められる甲第四五号証によると、我が国の代表的な日刊新聞とされている読売・毎日・朝日・東京の各紙に報道された論調は、つぎのとおりである。
・昭和三九年六月二五日付読売新聞「……公益の名の下に、国民の共有財産である文化財をそこなうのにも限度があろう。……文化財は、過去の遺物ではなく、日本民族と文化の、生きている財産である。この認識が国民一般に不足している。……自らの誇りを自らこわしてどこに日本の文化があろう。」(甲第四五号証の三三頁)
・昭和三九年七月一二日付毎日新聞余録欄「……太郎杉は樹令五百年といわれる。いわゆる日光並木杉のように天然記念物にはなつていないが、それにまさるともおとらぬ貴重な老樹である。国土開発・道路拡張などのため、各地で老樹・大木がじやまもの扱いされて、次々と姿を消していく。それも場所によつてはやむをえまいが、日光のような観光地の看板を切りたおすことには賛成できない。……五百年の風雪にたえた老杉を残し、日光にふさわしい景観の保存を第一に考え直すべきだ。」(同四五頁)
・昭和三九年七月三〇日付朝日新聞社説「……昨今、こうした老樹・樹林・並木などがかろうじて生存を保つといつた奇妙な時代になつてきた。……自然の風趣の一つとしての樹木は正に受難時代を迎えているようである。交通の激化・産業の開発・建築ブームなどで、これも一つの運命であるかもしれぬが、失えば二度とは返らない自然の風致が、つぎつぎに荒されてゆくのは、味気のない限りである。……ビルデイングは、こわすことも建てることも自由であるが、千年の大樹は千年を経なければ大樹とはならぬ。一度失えばその姿は永久に返つてこないのである。考えたいことである。」(同四九頁)
・昭和三九年一一月二日付東京新聞筆洗欄「……都市の近代化を否定するわけではないが、歴更的遺産を破壊してやるのでなくて、それとの共存を図つてもらいたい。……近代化は我々の世代でできる。しかし、二千年の歴史というものは、ひとたび破壊されたら再建はできぬ。……自然と歴史を破壊せず、これとうまく調和するようなくふうがほしい。あとで“しまつた”ということがないように。」(同九一頁)このように、これらの新聞の論調は、樹木・景観等の自然や文化財の保護・保存を第一に考えるべきことを強調し、これを破壊する本件道路拡巾事業には批判的な態度を示していることが明らかである。
(ハ) <証拠>によると、財団法人自然保護協会は、終始一貫して、道路拡巾のために自然景観を破壊することに強く反対し、昭和三七年四月には、「日光神橋周辺の環境保護に関する陳情書」(甲第一〇号証の一)を、また、同三九年六月には、「日光神橋畔老杉伐採による国道拡巾に関する意見書」(同号証の二)を、それぞれ作成して、関係各官庁に提出し、道路拡巾計画の再検討を強く要望していることが認められる。
(ニ) <証拠>によると、本件問題が報道されるや、一部の文化人の間から、このような自然景観を破壊することに反対する意見が強く出され、中島健蔵・亀井勝一郎・大仏次郎・松田権六・加藤土師萠・松本清張・木下義謙・鶴田吾郎・遠山茂樹等が発起人となつて、各界の文化人に対し、「日光杉を守る会」の結成を呼びかけたところ、約七〇〇名の文化人から、日光杉の伐採に反対し、右会の結成に賛成する旨の回答がなされたため、これらの者によつて、ここに、「日光杉を守る会」が結成され、同会は昭和四〇年五月一三日、世話人代表が東京の丸の内精養軒で、記者会見を行い、「道路を拡巾するために国の誇りともいうべき日光杉を伐採することには強く反対する。」旨の意見を発表していることが認められる。
そして、成立に争いのない甲第八号証の二(甲第四五号証の六九頁以下にもこれと同じ記載がある)によると、原告が昭和三九年九月六日に行つたアンケートに対しても、多くの文化人が自然の景観を害するような道路の拡巾に反対する意見を表していることが認められる。
(ホ) さらに、前記の甲第四五号証によると、以上のほかに、各新聞・雑誌等に登載された論調・意見・投書および原告のもとに寄せられた投書の多くが、自然の景観を破壊する本件道路拡巾事業に反対していることが認められる。
(ヘ) これに対して、本件道路の拡巾を強く要望する意見としては、
(a) <証拠>によると、昭和三九年五月、日光市議会が、「本件道路改良工事は、本市の観光および産業・経済上極めて重要なものと認められるので、……速かに、工事完成を期せられたい。」との意見を表していること、成立に争いのない乙第二号証の二、同号証の四によると、日光市および日光市長は、「道路を拡巾して交通事情を緩和し、人命を尊重していくことが最も望ましい」ことであるという意見を表していること<証拠>によると、栃木県交通対策協議会(会長横川信夫)は、昭和三八年三月二九日、「昭和三八年三月二四日夜半からの異常強風により老杉約一五〇本が倒木し、人的物的に多大の被害を蒙つたが……今後、このような被害が起らないよう、一日も早く老杉を伐採し、道路を拡張され、交通難を解消されるよう……要望します。」という決議をしていることがそれぞれ認められる。
(b) また、自然公園審議会が「本件道路の拡巾のために老杉を伐採することもやむをえない」という決議をしていることは、前記認定(第二の三の(三)の(3)の(ホ))のとおりである。
(c) <証拠>によると、江山正美(東京農業大学教授・農学博士)は「私の計画案は、……神橋に面した太郎杉その他の杉を全部伐採する。道路は計画通り拡巾……する。」との意見を表していることが認められるが、しかし、これを仔細に検討してみると、同氏のかかる見解は、本件事業計画とは異る独自の造景思想を背景とするもので、自然尊重の基本的立場から本件土地付近の自然景観を根本的に造景し直すべきことを主張しているのであつて、「高い石積を作つて……の拡張案には反対だ。」というように必らずしも本件事業計画に賛成しているものではないことが明らかである。
(ト) 以上のことから判断すれば、本件事業計画の実施を強く要望しているのは、第一に、日光市・日光市長および日光市議会であり、第二には、栃木県交通対策協議会であることが明らかであるが、前者は、地元の自治体として、その立場は当事者的な関係にあるといつてよく、また、後者は、その会長が栃木県知事横川信夫であり、右は本件事業の起業者であることから、その意見のもつ客観性には疑問なきをえないといえる。
そうであれば、本件事業計画に承認を与えた自然公園審議会および独自の造景理論から老杉の伐採を主張する江山正美博士の見解を除けば、財団法人自然保護協会の意見を初めとして、各新聞の論調、多数の文化人の意見、前記各証人の証言、新聞・雑誌上に述べられた各見解・投書、および原告宛に寄せられた投書等、その殆んどが、本件土地付近のもつ自然景観や老杉等の文化的価値の重要性を認め、その保存を図るべきことを強調し、従つて、これを毀損する道路の拡巾には反対する態度を示していることになり、このことから、本件問題に対して、世論は、本件土地付近の景観を保存すべきこと、即ち、本件道路の拡巾事業には反対していることを察知することができ、従つて、当裁判所の前記のような判断は、世論の多くによつて支持されていると解することができるのである。
(六) 以上の次第であるから、本件事業計画は、土地収用法第二〇条第三号にいう「土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものである」とは認められず、従つて、被告建設大臣がなした本件事業の認定は、この点を看過したものとして違法であり、取消されなければならない。
四、本件土地細目の公告および本件収用裁決の各取消原因
本件事業の認定には、前述のような違法があるところ、収用手続のように、一連の手続を経て初めて全体としての終局的な効果が発生する場合には、先行の行政処分が適法に行われることが後続の行政処分の適法要件であり、従つて、先行処分の違法性の瑕疵はその後の手続に承継されると解するのが相当であるから、先行処分たる本件事業認定が違法である以上、以後の手続として行われた本件土地細目の公告および本件収用裁決は、その余の点について判断するまでもなく違法であり、いずれも取消されるべきものである。
五、結論
よつて、本件各行政処分の取消を求める原告の本訴請求は、いずれも理由があるからこれを認容すべく、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法第七条・民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(石沢三千雄 杉山修 武内大佳)
<目録省略>